いつもの日記 | 劇作家・脚本家・舞台俳優 – 渡辺和徳のOfficial Site

ようやく出会った、うまい薩摩揚げ

井上蒲鉾店 小判揚げ

これだけは声を大にして言いたい。
僕は薩摩あげが大好きである。

魚のすり身に野菜をまぜて揚げただけ。
このシンプルな食品が僕は大好きなのです。

しかしながらこのご時世、練り物といえば添加物の天国。
添加物が大嫌いな僕は、「ああっ、薩摩揚げ食べたいっ!」「でも添加物はいやっ」というジレンマに悩まされてきたわけです。
そこに現れました、救世主。

いっさい添加物抜き。
魚のすり身と調味料のみの薩摩揚げ。

原材料を見ると…

魚肉(ぐち・たら)・砂糖・澱粉・にんじん・ごま油・大豆油・食塩・みりん・魚醤・トレハロース

ああ…このシンプルな原材料…。
感動です。
ようやく巡り合いました。

店名は「井上蒲鉾店」。
鎌倉のお店らしいです。

今だに添加物抜きで手作りを続けるというこのこだわりよう。
直径8センチくらいの小さな揚げで1枚100円(5枚で500円のパック)というのはいいお値段ですが、それ以上の価値があります。

単純に言って、うまいです。

もう一回言うと、うまいです。

鎌倉のお店なんですが、東京では品川駅構内のエキュート(エキナカのショッピングモールね)の中にあります。
手作りなもんで、商品数が少ないので、立ち並ぶショップの中に埋もれるようにちっちゃくありますが…うまいです。

いや、ほんとオススメです。

無添加ならではの優しいお味。
温めて生姜醤油で食べるとやばいです。
これから、品川に寄った時には毎回買ってしまいそうです。

ちなみに、お店での商品名は「小判揚げ」。
お近くにお立ち寄りの際は、ぜひ…。

「広島に原爆を落とす日」終了!

秋楽、うまし

本日、「広島に原爆を落とす日」の公演が、すべて終了いたしました!

…とはいうものの、私、開幕以来、何にもしてませんが…。
キャスト、スタッフのみなさん、お疲れさまでした!

みなさんそれぞれに飲んでらっしゃるかと思いますので、僕も家でひっそりと乾杯です。

秋楽です。
秋味も昨日飲みましたが、今日は秋楽です。
サントリーの秋シリーズは好きなので、毎年楽しみにしています。

…おや、もう「広島」から話がそれた。(笑)

しかし今回は、なんとも思い出深い公演になりました。
企画が立ち上がった当初は、まさか先生が亡くなるとは夢にも思っていませんでしたし、この公演が追悼公演になるとは…。
微力ながら、この公演に携われたこと、本当に幸せだな、と思っています。

一つの公演が終わり、また次の公演が始まります。
それはいつものことですが、いつも以上に大きな区切りがきた。
そんな気もします。

もちろん、やることは何ひとつ変わりません。
目指し続けた高みを、これからも目指すだけです。
しかし時は着実に流れている。
そのことだけは、実感させられました。

ご来場いただきましたみなさん、応援いただいたみなさん、本当にありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いいたします。

自分が自転車を好きなわけ

赤羽付近より、一番星

昨日は、いろいろ台本仕事を片づけたあと、まだ時間が早かったのでロードバイクで荒川沿いを走りに。
昼間は暑いから走るのつらいんだけど、夜は夜で真っ暗なので走りづらい…。
合間をねらって夕方行くんですが、快適に走れる時間が限られるから、そんなに距離を走れないんですよね〜。

昨日は17時という時間から見て、30キロと判断。
大した運動にならないから、ここは一つ、一番重いギアで走ってやろうと決心。

ずっとマウンテンバイクに乗ってきたんですが、チェーンホイールが今のロードより圧倒的に小さいので、すごくギアが軽いんですね。
なので、ロードでもなるべく軽めのギアで走ってたんですが、せっかく使ってるからには、重いギアにも慣れた方がいいわけで。

じゃあいっそ、一番重いギアで走ってみようと思い立ったのでした。
そして…

結論:腰が痛くなる。

慣れないと、やはり腰にきますね。
まあでも、後半になったら意外にスイスイ走れるようになりました。
そして予想通り良い運動になったので、よしとしましょう。
これから少しずつ慣れていきます。

帰ったあと、買い物行くのに乗ったマウンテンバイクの軽いこと…。
重いギアにしても漕いでる気がしませんでした。
やっぱり、山登りにはこれくらい軽くないとね。

それにしても、ロードバイクは無心で走れるので気持ちいい。
台本で疲れた頭をリフレッシュさせるのに、最適です。

僕が趣味として好むものはいくつかあるんですが、

1.何かを作ること(プラモデルとかね)
2.自然と触れ合うアウトドア
3.体を動かすこと

大体この3つのどれかになります。
そして自転車は、この3つとも満たしてくれるんです。

パーツをいじったり調整したり、メンテしたり、これはもうモノづくりが好きな人間にとっては、たまらない楽しさです。
そしてヒョイとまたがれば、自然の中にとび出していけます。
さらに全身を使った有酸素運動です。

もう、完璧。

「一番好きな趣味は?」と聞かれたら、「ダイビング」と答えるかもしれませんが、お金もかかるしそう頻繁に行けないし、ダイビングが満たしてくれるのは2と3だけ。
…機材を自分でメンテすれば、1も出来るか。
でも、自転車ほどじゃないな。

一度買ってしまえば、さほどの維持費もかからずに、毎日でも楽しめる自転車。
これほど僕向きな趣味はなかなかありません。
これからも折りを見て、楽しんでいきたいと思います。

続きに、昨日取った夕焼けの写真を載せときます。
いろんなところで撮ってるんですが、だんだん日が沈んでいきます。
(続きを読む…)

ロードバイク用に、新しくグローブ買ったのさ

新グローブ

この前、久しぶりに「広島」を見に行ったついでに、渋谷のハンズでグローブを買ってきました。
前のヤツ、もうあまりにもボロボロで、まったくクッションがなくなってたもんですから…。

新しいグローブは、やっぱりいいですね。
今日、事務所に行くのにつけていきましたが、やはり快適です。
白いロードなので、色をあわせて白にしてみましたが、バッチリでした。

あとは、ヘルメットとレーサーパンツですね~。

どっちもそれなりに値が張るのですよ…。
安全を考えたらメットは買うべきなんですが、そんなスピード出さないし、フラットペダルだし…とか考えながらグズグズしています。
レーサーパンツは、とりあえずフォームが安定するまでは、手を出しません。
お尻が痛くなる状態で、練習あるのみです。

それにしても、今週はずっと外のお仕事で電車通勤だったので、久しぶりにチャリに乗ったら気持ちよかったですね~。
やっぱりチャリ通はやめられないな~。

ツイッター疲れでやめたい人々

写真とは全く関係ないですが、「ツイッター疲れ」でやめたい人々というのがいるらしいと、何日か前の記事で読みました。
いやまあ、僕は、twitterは気楽にやればいいんじゃん?って思うのですが、こういう反応って、twitterでもやっぱりあるんだなあ、と思ったわけです。

「オレのつぶやきに誰も反応してくれない」 「ツイッター疲れ」でやめたい人々

僕が初めてインターネットを使ったのが、1996年。
まだインターネットは黎明期で、パソコン通信の方が主流でした。
僕も両方を併用してました。
草の根ネットでクローズドなコミュニティがいくつも形成されていて、まあ僕がそこに深入りする前にインターネットへの移行がスゴイ勢いで進んでいったわけですが、あの頃からこの問題は変わらずずっと存在している気がします。
手段はホームページからブログに代わり、SNSが生まれて、twitterが生まれ…しかし、人が人とのつながりを求め、コミュニティを形成するというシステムはなんら変わってません。
手法がリンクからコメントやトラックバックに代わり、フォローになっただけです。

僕自身、twitterでのコミュニケーションを楽しんでいますし、SNSでの出会いなんかもすごくいいなあ、と思うし、そういう手段で人とのつながりが増えていくのはネットというものの強みだと思うのです。
そういうの、有効活用しないともったいないじゃん、と僕なんかは思うのです。
しかし今、facebookやmixiのようなSNSに依存する人たちってのは必ずいて、国内、海外問わず問題になるケースもあったりします。
ネットでのコミュニケーションが犯罪にまでエスカレートする危険性を含むというのが、現状を見る限り事実なんでしょう。

そういう事件を目にする度に思うこと。

「今という時代、みんなそんなにコミュニケーションに飢えてるんだろうか?」

もうちょっと言い方を変えると、

通信技術が発展した現代。
地球の反対側とリアルタイムにコミュニケーションが取れ、ネットを通じて一個人が万単位の人間と知りあえる現代。

「人間関係は豊かになったんだろうか、それとも貧しくなったんだろうか?」

ここ数年、子供が親を殺すという事件が当たり前のように起こるようになってきました。
そして今年になって、ネグレクトや児童虐待が毎日のように新聞をにぎわしています。
統計をとったわけではないので、実態はよく分からないですが、僕の印象では

猟奇殺人の90年代 → 親殺しの2000年代 → 子殺しの2010年

という印象です。
実態ではなく、あくまでも報道に上がってきている事件をざっと眺めての印象に過ぎませんが。

今、いくらでも人と知り合えるのに、交流を深める手段はいっぱいあって、いくらでもコミュニケーションをとることができるのに、なんでこんなことが起こるんだろう?
人間関係が豊かなら、なぜ簡単に人を傷つけられるんだろう?
この疑問が、ここ数年、僕の中から消えません。

ネットでのコミュニケーションは、リアルのコミュニケーションとは違う。

そういってしまえば簡単でしょう。
しかし、ネットでのコミュニケーションはこれから、これまで以上の勢いで増えていくはずです。
もはや現代人が切り離すことの出来ないシステムです。
これが人と人とのつながりをより深めるものでなければ、なんというかつまり、ジリ貧としか言い様がないわけです。

これまたネットの記事ですが、今、1週間分の新聞に掲載される情報量は、昔の人の一生分の情報量より多いとか。
同様に、きっと今の人がネットを通じて知りあう人間の数は、昔の人の一生分より多いのでしょう。

「たとえ人がこの世の果てまでたどり着き、この世を支配したとしても、人と人とが見つめあい、抱きあえる距離は変わりはしないだろう」

以前、僕はそんなセリフを書きました。
あの時、僕はリアルな人間関係に勝るものはないと思っていました。
でもそれだけじゃすまないなあ、と思う今、書くべきセリフがまだ見つかりません。

「オレのつぶやきに誰も反応してくれない」

冒頭の記事にあったこの言葉は、今の時代を象徴している気がしてなりません。

孤独の時代。

それを乗り越えることのできる強い「想い」を探したいとずっと思っています。

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