脚本(台本・戯曲)の書き方講座~だれでも脚本を書き”始め”られる!
脚本(台本・戯曲)の書き方講座
■脚本とは何か?
脚本、台本、戯曲…。
なんという言い方をしてもいいのですが、それが舞台であれテレビであれ、芝居をするためにはその元となるセリフが書かれた本が必要です。
これが演劇の場合、台本と呼ばれることが多いです。
戯曲というと、ちょっとお堅い感じがしますね。出版された立派な本のようです。
テレビの場合は脚本という方がイメージではないでしょうか。
でも、この分け方は僕の勝手なイメージです。
だからここでは、すべてをひっくるめて「脚本」という呼び方をします。
僕は演劇の世界で働いている人間ですが、ここでお話しすることは、決して演劇台本に限った話ではないからです。
ですからみなさんも、ここでは「脚本」=「ジャンルを問わず芝居のベースとなる本」と思ってください。
■脚本を書くのに才能はいるか?
僕は劇作家(脚本家)という仕事を始めて、10年近くになります。
そして、劇団の劇作家・演出家コースの講師を務めて7年になります。
その間ずっと、脚本の書き方を体系化する作業を続けてきました。
脚本の書き方を人に教えるというのは、実はとても難しいことです。
なぜなら、世の脚本家たちは大抵が「感覚」で書いているからです。
「これはおもしろいね」
「こうすればもっと泣けるはず」
こういうのはすべて感覚です。
センスと言い換えてもいいです。
つまり…
・脚本家がおもしろいと思って書いた。 → その通り客にもウケた。
=センスのある脚本家。
・脚本家がおもしろいと思って書いた。 → 客にはウケなかった。
=センスのない脚本家。
だから「センスがある」=「才能がある」と考えられてしまいがちです。
しかし、僕はそうは思いません。
はっきり言います。
センスは、経験です。
もう少し言い換えましょう。
センスは、経験で補えます。
確かに、生まれつきそういうセンスに優れた才能のある脚本家は存在します。
そういう人は多分こんなホームページを見ることはないでしょうから、その人たちのことは忘れましょう。
では僕らのような、才能のない普通の脚本家(志望)はどうすればいいか。
勉強の基本/トライ アンド エラー
つまり、いっぱい失敗して、いっぱい恥をかいて、何が当りで何がハズレか分かるようになるまで試すことです。
つまり、経験です。
経験すれば、センスは磨けます。
…当たり前すぎる結論ですね。
ここで僕が言いたいことは、才能のあるなしで自分を判断する必要はない、ということです。
まずは、進めと。
だってセンスを磨くためにみなさんのすることは、書いて、上演することだけ。
つまり、みなさんがやりたいことをするだけです。
■僕が脚本家になったわけ
ちょっとだけ僕のことを話しましょう。
僕は北区つかこうへい劇団に役者として入りました。
昔から文章を書くのは好きでしたが、脚本家を目指していたわけではありません。
この仕事を始めるようになったのは、つか先生の「やってみろ」の一言と、そして偶然の出会いでした。
その二つのおかげで、一度も脚本を書いたことのない僕がいきなり大舞台の脚本を書くことになったのです。
当然、何も分かりません。
セリフ一つ、まともに書けません。
しかし書いた端から、それを名だたる役者さんたちがしゃべっていくのです。
当然、ひどいことになります。
罵声も浴びます。
でも、書けない、などと泣き言を言うヒマはありませんでした。
書いては直し、書いては直しの毎日で、稽古期間の1ヵ月半くらいで、実際に使う脚本の20~30倍は書いたと思います。
打ちのめされました。
自分に力があると思っていたわけではないですが、ここまでないとは思いませんでした。
そもそもからして、僕の目の前にはつかこうへいという大作家がいたのです。
才能の塊とは、こういう人のことです。
ちょっと脚本をうまく書けるとか、お金を稼げるなんていうのは、才能のうちには入らないのです。
才能がある、などといっていいのは、歴史に名を残すような人だけです。
後はみんな凡人です。
もちろん、僕も凡人です。
だからはっきり言えます。
脚本を仕事にするのに才能はいりません。
とにかく経験し、その経験を糧とすることです。
■脚本に書き方(方法論)はあるのか?
最初に結論を言いましょう。
あります。
前の方で言った通り、脚本家はだいたい感覚で書きます。
もちろん、僕もそうです。
しかし、7年間の講師生活で、その感覚を言葉で説明するやり方を学んできました。
僕なりの脚本の書き方を、体系化してきました。
その一部をここで、みなさんにお話したいと思います。
じゃあ、これを読めば脚本を書けるようになるのか!
…いえいえ、焦らないでください。
たしかに僕はこのホームページのタイトルで、「だれでも書き”始め”られるようになる」と銘打ちました。
しかし、この言葉を忘れないでください。
センスは、経験です。
たとえ僕のこの脚本の書き方にのっとって脚本を書き上げたとしても、それが本当におもしろいかどうかは、センス次第です。
そしてそれは経験で培うしかないのです。
だから、書き「始め」られるようになる、なのです。
それに、僕の経験上、注意すべきことがいくつかあります。
■脚本の書き方を学ぶ前に注意すべきこと。
このページを見ている人の中には、まだ一度も台本を書いたことがない人もいるでしょう。
これから脚本を書くに当たって、調べているうちにここにたどり着いた人もいるでしょう。
そんなみなさんに、まず言わせてください。
こんなところでグズグズしてないで、まず一本書きなさい。
別に大作を書けとはいいません。
短くていいんです。
5分程度の本でいいんです。
A4サイズにして3~4枚です。
そのくらいなら、気楽に書けるでしょう。
ただし、最初から最後まで、話が通っていること。
中途半端に書きかけで終わってしまっている台本は、どんな大作でも何の意味もありません。
脚本とは、最初から最後まであって、初めて意味を成すからです。
最初のシーンは、最後のシーンのためにあるのです。
最初のシーンだけ書いて、最後のシーンがなかったら、それは意味なく書いたシーンということです。
真ん中が抜けているのもダメです。
すべてのシーンはつながっているんですから。
まずは書き方なんか気にしないで、自分のセンスで好き勝手に一本書いてみましょう。
スッと書けるところと、詰まってしまうところ、うまくいくところと、グダグダになってしまうところがあると思います。
それでいいんです。
それが、個性です。
最初から人の書き方に頼ってしまうと、それに従おうとするあまり、その個性が消えてしまいがちです。
それが一番危険なことなのです。
■自分なりの書き方を見つけるために
そして大事な注意があります。
これは初めての人にも、すでに脚本を書いたことがある人にも共通のことです。
ここに書いてある脚本の書き方に、すべて従って書こうと思わないでください。
脚本の書き方など、脚本家が100人いたら100通り違うものです。
だれかの書き方に従っている以上、いつまでも本当にいい脚本は書けません。
ここで言ういい脚本とは、あなたにしか書けない脚本、ということです。
最終的には、自分なりの書き方を見つけていくしかないのです。
ですから、まず、書く。
そして困ったら、何かいい解決方法がないか探しに来る。
参考になるものがあったら、それを参考にまた自分の書き方に戻る。
そしてまた困ったら、また探しに来る。
これは参考書です。
分からない問題があったときに、使えばいいんです。
そしてこれは僕流の脚本の書き方に過ぎません。
世の中には、たくさんの方法論があると思います。
僕なんかよりも遥かに立派な先生方が、もっと深く考察された脚本の書き方を教えてくださる機会もあると思います。
たくさん、学んでください。
方法論はたくさん仕込んで損はありません。
いえ、たくさん持っているべきです。
一つの方法論に縛られることほどもったいないことはありません。
たくさんの方法論を仕込んで、いろんな種類の台本を書けるようになって、自分の幅を広げて下さい。
その方が仕事の幅も広がります。
僕自身、劇作家コースの方々の芝居をいっしょに作っていく中で、本当に様々なスタイルの芝居の作り方を学びました。
おかげで、いろんな脚本を書けるようになりましたし、一本の芝居の中にたくさんの要素を詰め込めるようになりました。
たくさん、インプットする。
そしてたくさん、書く。
その中から、自分の書き方を見つけていく。
これが脚本を書けるようになる、最短ルートです。
僕がここでみなさんに教えられることは、みなさんがこれから膨大に学んでいかなければならない事の、ほんの1つにすぎないのです。
それを忘れないでください。