VOL.1「脚本の書き方講座」 – はじめに

ここから先は、以前に公開していた「脚本の書き方講座」です。テーマを定める〜プロット作成まで、5ステップで解説+追記した2ページがあります。

物語におけるキャラクターの役割に注目することで、無駄なく全体を構成できる方法です。新版とはアプローチの仕方が違うので、ぜひ両方を読み比べて、自分に合った方法を選んでください。

脚本を書くのに才能はいるか?

僕は2003年に脚本の仕事を始めました。そして劇作・演出を教えるワークショップの講師も長年務めてきました。その間ずっと、脚本の書き方を体系化する作業を続けてきました。脚本の書き方を人に教えるというのは、実はとても難しいことです。なぜなら、世の脚本家たちは大抵が「感覚」で書いているからです。「センス」と言い換えてもいいでしょう。

「これはおもしろいね」「こうすればもっと泣けるはず」これらは全て作家や観客の感覚に過ぎません。つまり…

・脚本家がおもしろいと思って書いた。 → その通り客にもウケた。
=センスのある脚本家。

・脚本家がおもしろいと思って書いた。 → 客にはウケなかった。
=センスのない脚本家。

だから「センスがある」=「才能がある」と考えられてしまいがちです。しかし、僕はそうは思いません。センスは、経験です。もう少し言葉を柔らかくすると、センスは経験で補えます。

確かに、生まれつきそういうセンスに優れた才能のある脚本家は存在します。そういう人は多分こんなホームページを見ることはないでしょうから、その人たちのことは忘れましょう。では僕らのような、才能のない普通の脚本家(志望)はどうすればいいか。

勉強の基本/トライ アンド エラー

つまり、何が当りで何がハズレか分かるようになるまで試すことです。=経験です。経験すれば、センスは磨けます。…当たり前すぎる結論ですね。

ここで僕が言いたいことは、才能のあるなしで自分を判断する必要はない、ということです。だってセンスを磨くためにみなさんのすることは、書いて、上演することだけ。つまり、みなさんがやりたいことをするだけです。

僕が脚本家になったわけ

ちょっとだけ僕のことを話しましょう。僕は、劇作家のつかこうへい先生が主催する劇団、北区つかこうへい劇団に役者として入りました。昔から文章を書くのは好きでしたが、脚本家を目指していたわけではありません。この仕事を始めるようになったのは、つか先生の「やってみろ」の一言のおかげでした。そのおかげで、一度も脚本を書いたことのない僕がいきなり大舞台の脚本を書くことになったのです。

当然、何も分かりません。セリフ一つ、まともに書けません。しかし書いた端から、それを名だたる役者さんたちがしゃべっていくのです。当然、ひどいことになります。罵声も浴びます。でも、書けない、などと泣き言を言うヒマはありませんでした。書いては直し、書いては直しの毎日で、稽古期間の1ヵ月半くらいで、実際に使う脚本の20~30倍は書いたと思います。

打ちのめされました。自分に力があると思っていたわけではないですが、ここまでないとは思いませんでした。そもそもからして、僕の目の前にはつかこうへいという大作家がいたのです。才能の塊とは、こういう人のことです。ちょっと脚本をうまく書けるとか、お金を稼げるなんていうのは、才能のうちには入らないのです。才能がある、などといっていいのは、歴史に名を残すような人だけです。後はみんな凡人です。

もちろん、僕も凡人です。だからはっきり言えます。脚本を仕事にするのに才能はいりません。とにかく経験し、その経験を糧とすることです。

脚本の書き方を学ぶ前に注意すべきこと。

このページを見ている人の中には、まだ一度も台本を書いたことがない人もいるでしょう。これから脚本を書くに当たって、調べているうちにここにたどり着いた人もいるでしょう。そんなみなさんは、まず一本書いてみてください。

別に大作を書けとはいいません。短くていいんです。5分程度の本でいいんです。A4サイズにして3~4枚です。まずは書き方なんか気にしないで、自分のセンスで好き勝手に一本書いてみましょう。

ただし、最初から最後まで、話が通っていること。中途半端に書きかけで終わってしまっている台本は、どんな大作でも何の意味もありません。

スッと書けるところと、詰まってしまうところ、うまくいくところと、グダグダになってしまうところがあると思います。さあ、そこからです。なぜ書けないところが出てきてしまうのか。それを確かめるためにこの講座があります。最初から人の書き方に頼ってしまうと、自分にできることとできないことが分からなくなります。それが一番危険なことなのです。

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