2-3. 基本の三部構成 – 初め・真ん中・終わり

物語を3つのパートにわけて構成する方法論は、古くは古代ギリシアのアリストテレスが提唱し、ハリウッド式の脚本術として現代でも広く使われています。僕はこのハリウッド式の脚本術に、若干のアレンジをして使用しています。これについては、 別に公開している「演出のやり方講座」にも詳しく書いたので、こちらも参考にしてみてください。

物語とは何か?

初め、真ん中、終わり

三部構成では、各パートを次のように定義しています。

  • 初め=観客に引き込む
  • 真ん中=観客に期待させ続ける
  • 終わり=観客を満足させる

これを僕なりに、もう少し細かくしてみようと思います。

初め – 物語の前提条件〜主人公の紹介〜事件

◇物語の前提条件

「初め」では、まず物語の前提条件が語られます。簡単に言えば「ここがどこで」「時代はいつで」「どんな人たちが出てくるのか」といったことです。この物語を始める前に、観客(=読み手)が知っていなくてはならないことを、さっさと説明してしまいます。

よく言われることですが、途中で説明するのが厄介なことは、物語の初めに書いてしまう方が楽です。どんなに突拍子もないことでも「あ、そういう世界観の話ね」と受け入れてくれ“やすい”からです。(絶対とは言いません)

◇主人公の紹介

次に、だれが主人公なのか、ということです。これが分からないと、観客は何を見ていいのか分からなくなります。だれが主人公で、どんな問題(=主人公の欠損)を抱えていて、何をしよう(=目的)としているのか、きちんと観客に提示しましょう。

◇キッカケとなる事件

物語が動き始めるキッカケです。
わざわざこの物語が語られるのは、ダラダラとした日常を見せるためではありません。主人公のいつもの毎日が、ある事件によって壊れたからこそ、これは語られる価値のある物語になったのです。

先に例として出したプロットならば「絶望の中で生きてきた少年に対して、初めて優しくしてくれた少女との出会い」が、この物語のキッカケとなる事件であり、それが彼の日常を変えていくのです。

◇つまり、何が重要か?

このパートで何より重要なことは、観客に「ここがどこで」「だれが主人公で」「だいたいこういう話なんだな」と思わせることです。前述のプロットで言うなら「この貧しい少年(=主人公)が」「この少女とがんばって生きていく話なんだろうな」という感じです。

もちろん、これはミスリードでも構いません。早々に少年が死に、少女が主人公としてその悲劇に立ち向かって行く物語と言うこともあり得ます。重要なことは、観客に一度理解させることです。なに見ていいんだかわからないな、と思ったら、観客はたやすく関心をなくします。冒頭できちんと観客を引き込まなければ、続きを見てはくれません。

そしてこれらのことを、できる限り短い尺の中に詰め込まなくてはなりません。物語の冒頭から、長々と説明を聞きたい人はいません。さらにこれらの前提条件は、すべて行動の中で説明されなくてはなりません。言葉による説明ほど、観客を飽きさせるものはないからです。(少年の状況は言葉で説明せず、フラフラした動きや盗みを働く態度で見せる、など)

「場所や時代を説明し」「主人公を魅力的に登場させ」「主人公の抱えているものを見せ」「これからどんな物語になって行くのかを予感させ」「動き出すきっかけとなる事件を起こす」これが初めの役割です。

*ちなみに、ディズニーやピクサー、ドリームワークスなどのアニメ映画は、この冒頭の作り方が抜群にうまいです。主人公の紹介の仕方としては「カンフーパンダ」(1作目)の冒頭の夢のシーンをぜひ見てください。前提条件の説明と主人公の紹介、そして夢と真逆の現実を見せることで主人公の欠損を、だいたいどんな物語になるのかまで、ものの3分で全て説明しきっています。

真ん中 – 主人公を変化させ、期待させ続ける

観客に「次はなにが起こるんだろう」と、期待させるパートです。期待をさせ続けるために何よりも大事なことは、主人公の変化です。

人物の変化には、ある一定の順序があります。それは、葛藤・選択・行動・変化です。シーンの中で主人公は、目の前で起こっている事態に対して「葛藤」し、数ある選択肢の中からある行動を「選択」し、「行動」した結果として「変化」します。そしてそのために、また次の選択肢が提示され、また葛藤することになります。この連続が大事です。

この場合の「変化」とは、前述した物語の構成要素のいずれかの変化を言います。

  • 主人公の何らかの状態の変化(ex. 冷静→怒る)
  • 関係性の変化(ex. 信頼していた友人を不審に思う)
  • 目的の変化(ex. 友人を助けたい→とにかくここから逃げよう)

しかし、この「変化をさせ続ける」というのが非常に難しく、書く際に一番筆の止まりやすいパートでもあります。このパートについては、この後の「主人公の目的」の項でもっと詳しく書きたいと思います。

終わり – 観客の満足と、パッケージング

終わりとは、そのまま物語の結末を表します。ここで重要なことは「観客に満足を与える」ということです。もちろん、ここで言う満足とは、決してハッピーエンドを意味するものではありません。バッドエンドでも、考えさせる終わり方、続編が前提でも構いません。ですが、考えさせる終わりだから尻切れとんぼになってもいい、ということは絶対にありません。「なるほど、これは考えさせられるわ〜!」と、観客が納得して初めて、満足したといえるのです。続編ものであっても、見終えた満足感のない物語の二作目を、だれがみたいと思うでしょうか?

そしてもうひとつ重要なことは、きちんとひとつの物語としてパッケージングされているか、ということです。話としては終わりを迎えたけど、物語として完結できていない=パッケージングできていない作品というのは、よくあります。

パッケージングというのが新しい言葉なので、ちょっと説明しておきます。ものすごく乱暴な言い方をすれば「作品全体で、何か一つのものを伝えているか」というようなことです。いろんな言いたいことがいろんなところに散らばって「あれも、それも、これも、どれも言いたい!」みたいなことにならず、「私が見せたいのはこれです!」とハッキリしているかどうか…。これは作品の出来に大きく関わります。

ここで、このページの最初に載せた 「演出のやり方講座 – 物語とは何か?」から、一部分を引用してみます。(もっと詳しく知りたい方は、ぜひリンク先を読んでみてください)

ここに、いろんなお菓子の入った袋があるとしましょう。
袋の中には、チョコレートもあればクッキーもありません。それぞれいろんな味がありますし、大きさも色もバラバラです。それが透明なビニール袋にバサッと詰め込まれていたら、ただ“お菓子がいっぱいあるだけ”です。
しかしこれを、種類別、色別に分け、きちんと整理整頓して箱に詰めたらどうでしょう? これは立派な“お菓子の詰め合わせ”です。
さらに個々のお菓子を統一感のあるデザインで個別包装し、箱も同様のデザインでまとめます。それに専用の商品名をつけて、店員にも「これはこれこれこういう商品なんですよ」と、ある特別な価値のある商品として販売したとしましょう。そうすればこれは、“一つの商品”です。お客さんは、ある価値を持った“一つの商品”を購入(=体験)することができます。
これが、完結するということです。
いろんなお菓子が入っていることにかわりはありません。ただそれを、一つのものとしてパッケージできているかどうかが重要なのです。

抽象的な表現をしましたが、バラバラなお菓子を、キャラクターたちの好き勝手な行動、と考えてみてください。整理されていない行動には、何の意味もありません。きちんと意味のある行動として整理されて初めて、物語としての形を持ち始めます。
ですが、それだけではまだ不十分なのです。自分が本当に描きたいものを描き、観客に伝えたいことを伝えるために、それを世界に二つと無い「あなたが観客に与える価値」を持った商品にまで高めなくてはなりません。そのために「作品全体で、何か一つのものを伝えている」ことが重要なのです。

あなたが書くべき物語とは何か、というお話を先にしました。なぜそれを理解しておかなければならないかといえば、このパッケージングのためです。初心者の書くものが散漫に見え、プロの書くものがおもしろいのは、これができているかどうか、この一点にかかっていると言っても過言ではありません。

この物語は、必ずこの初めでなくてはならず、この真ん中があってこそ、この終わりがある。そうして初めてひとつのものとしてパッケージされる。物語をひとつのものとして閉じる作業を怠ってはなりません。

追記 – 物語の「初め」について、もう少し

物語の「初め」について、ちょっと補足しておきます。

◇物語は、どこから“初め”てもいいのか?

物語の「初め」が必ずしも時間軸の一番最初とは限らない、ということは、皆さんよくご存知のことだと思います。いろんな事件の全て終わった後から、回想しつつ進行する物語はよくあります。

では「物語はどこから“初め”てもいいのか?」ということになると、それはとても慎重に考えるべき問題です。これもやはり、物語全体を一つのものとしてパッケージ化するために、最も最適な「初め」を選ばなくてはならないからです。

見せたいものを見せるために、最も良い「初め」はどこか。十分に考えてください。

◇観客は、だれの視点で見ていくのか?

物語の「初め」に提示しなければならないものを、もう一つ追加しておきましょう。それは、この物語を誰の視点で見ていけばいいか、ということです。

よくあるのは、主人公の視点がそのまま観客の視点になる場合です。観客は主人公と同化し、主人公の経験することを同じように体験することができるでしょう。

または、主人公のすぐ側にいる人間や、語り役の視点で見ていく、ということもあります。そうすると、観客は主人公の行動をちょっと引いた目線で見ることができます。これは「感情移入しにくい、ちょっと風変わりな主人公」や「主人公の行動を謎にして、ハラハラさせたい」時などに有用です。

どちらにしても、どの視点で見たらいいかは、冒頭で観客に知らせるべきでしょう。そうでなければ、観客はいつまでも物語の世界に入り込めないままです。つまり「初め」の段階で、物語に没入する下地をちゃんと作ってあげる、ということです。

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