3-6. 物語は観客の頭の中で完成する

さて、執筆について書くのもこれが最後の項になります。最後は、つい陥りがちな作家のエゴについてお話しましょう。

想像力を使うということ

物語を書く際は、観客のスピード感を意識して、緩急つけて書いた方が良い、というのはお話しました。しかし書き慣れない人は、ついつい自分の考えていることを全部伝えたくて、書きすぎてしまうことがよくあります。「全部」「正確に」伝えたい。これは逃れがたい欲求です。

今、自分の頭の中にあるものは、すごくおもしろいから、それを余すところなく伝えたい!
伝わりきらずに、つまらないと思われたらどうしよう…。
この微妙なニュアンス…伝わるかなあ…。

書き手は、いつだってこんな思いに捕らわれながら書いているものです。

この問題に対する根本的な解決策はありません。たぶん、作家とはそういうものです。ですが、自分の頭の中にあるものを、まるっとそのまま出したら、自分と同じものを相手が見てくれるかというと、そうではありません。人間というものは、同じものを見ても、同じようには感じないからです。

ですから、自分の頭にあるイメージを、そのまま相手の頭の中に転送するには、何を目の前に出せばいいのか、を考えなくてはなりません。ちょっと言葉を変えましょう。今、自分の頭の中にあるのは、自分のだけ妄想です。相手も同じ妄想をするためには、何を見せればいいのか、ということです。

なぜ妄想という言葉を使ったのかというと、観客は見る時に必ず自分の想像力を使うからです。五感から受け取ったものに、自分の想像力を加えて、頭の中で完成させるのです。ですから作家は、どうしたら相手の想像力をかき立てられるか(=結果として、自分と同じものを妄想してくれるか)にフォーカスして書くべきです。そう考えると、今自分の頭の中にあるものを、必死に正確に表現しようとすることには、なんの意味もないと分かるはずです。

それに観客は、具体的に書かれたものは話半分にしか受け取らないものです。むしろ描ききれていないもの、足りないものがある時に、それを知りたいと思って食いつくものです。

謎があれば、知りたくなるのが人情です。しっかり描いて説明したり、時には隠して興味を引いたり、驚かせたり…どこを理解させて、どこを謎にしたら観客を引き込めるかを考えるのは大事なことです。

クライマックスは、トコトン書く

しかし一ヶ所だけ、作家がトコトン書いていいところがあります。それがクライマックスです。クライマックスがクライマックスたりえるのは、その人物の戦い「トコトン描く」からだといっても過言ではありません。

物語の前半〜中盤では、あまりに詳しい描写はテンポを悪くしてしまいます。小さな心の揺れは無視して(むしろそこは観客に推測させるようにして)さっさと進んでしまった方が良いことが多いです。
ですが、クライマックスでは、どんな小さな心の機微も、一挙手一投足も、全てが観客の目に入るようにしてやるくらいでちょうどいいです。

クライマックスとは、大きな出来事が起こることを言うのではなく、主人公の心の成長の瞬間です。欠損が埋まることを言うのです。それをどう描くのか、それこそ作家が一番力を入れなくてはならないところなわけですから、ここだけは思う存分書いてしまいましょう。

もちろん、観客の想像力を利用することは忘れずに。

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